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東京地方裁判所 平成11年(モ)2779号 決定

申立人(原告) X1

同 X2

右両名訴訟代理人弁護士 小口克巳

同 横松昌典

相手方(被告) 株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 小野孝男

同 庄司克也

主文

相手方は、本決定送達の日から一週間以内に、別紙文書目録記載の文書を当裁判所に提出せよ。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

主文同旨

第二申立人らの主張

一  証拠の必要性

申立人らは、本件訴訟において、別紙文書目録に記載の契約に基づいて実行された相手方の申立人X1(以下、「申立人X1」という。)に対する各融資(以下、「本件各融資」という。)は、本件訴訟の相被告明治生命相互会社(以下、「被告明治生命」という。)との変額保険契約(以下、「本件変額保険」という。)と一体のものとして締結されたものであるとして、本件各融資につき、動機の錯誤による無効、公序良俗違反による無効及び説明義務違反の不法行為の主張をしているが、右各主張の立証のためには、相手方の本件各融資についての貸出稟議が認められた旨の記載のある別紙文書目録記載の文書(以下、「本件稟議書」という。)が必要である。

二  文書提出義務の原因

1  民事訴訟(以下、単に「法」という。)二二〇条一号

本件文書は、法二二〇条一号の「当事者が訴訟において引用した文書」(以下、「引用文書」という。)に当たる。

(一) 相手方が本件訴訟において提出した証拠(丙一)は、本件稟議書の添付書類の一部である。相手方は、証人B(以下、「B」という。)の証人尋問において、右証拠に関し尋問した。

(二) Bは、相手方の従業員であり、相手方本人に準じる立場にある。相手方は、かかる立場のBに対する尋問において、本件稟議書の存在及びその内容を積極的に引用し、自己の主張の明確化ないし補強のために言及したから、これは「訴訟において引用した」(法二二〇条一号)ものといえる。

(三) また、右(一)のとおり、相手方は、本件稟議書の一部を証拠として提出している。この場合、本件稟議書のその余の部分も提出しなければ、本件稟議書の全体の趣旨が判明しないから、残余の部分も含めて引用文書として提出義務を認めるべきである。

2  法二二〇条三号後段

本件稟議書は、法二二〇条後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書」(以下、「法律関係文書」という。)に該当する。

法律関係文書には、法律関係そのものについて作成された文書にとどまらず、法律関係の生成する過程で作成された文書をも含む。

法律関係文書には、法律関係そのものについて作成された文書にとどまらず、右法律関係の成立又は効力について裁判所が適正な事実認定をするために必要な文書をも含む。

当事者の一方が組織体であり、複数の者がその意思決定に関与している場合において、当事者間の法律関係を形成する過程で、その担当者がどのような情報や判断根拠に基づいてどのように関与したかを明らかにする文書は、いわば組織内の公式文書であり、法律関係文書に該当する。

したがって、本件稟議書は法律関係文書に該当する。

3  民事訴訟法二二〇条四号(同号ハ非該当性)

(一) 当事者の一方が組織体であり、複数の者がその意思決定に関与している場合において、当事者間の法律関係を形成する過程で、その担当者がどのような情報や判断根拠に基づいてどのように関与したかを明らかにする文書は、いわば組織内の公式文書である。

銀行法は、銀行の業務の公共性をうたい、銀行業務の健全かつ適切な運営を期することを目的としている(同法一条)。同法二四条は、そのために必要があるときは、内閣総理大臣は、銀行に対し業務・財産の状況に関する報告又は資料の提出を求めることができるとし、同法二五条は、銀行の営業所その他の施設の立入り、業務・財産状況についての質問、帳簿書類その他の物件の検査を行うことができるとしている。

稟議書は、右「業務・財産の状況に関する報告又は資料」(同法二四条)であり、かつ右「帳簿書類その他の物件」(同法二五条)であるから、右監督・検査の対象となる。

したがって、稟議書は、日記や備忘録のような単なる自己使用のための文書とは全く性質の異なるものである。

稟議書は、銀行業務の中心をなす貸出業務の正当性、合理性を基礎づける最重要の資料である。

一般に、稟議書は、貸出科目、金額、実行日、適用金利、資金使途、返済期限、返済条件、返済財源、担保、保証の明細等が記載されるほか、稟議書本体のほかに別紙等を添付して補足説明が行われることが一般的である。また、融資動機に関する資料として、資産明細や相続税の計算表、返済原資に関する資料として設計書やシミュレーション表等返済の資金繰りに関する資料が添付されることもしばしばみられる。

特に、右補足説明においては、本件のような相続税対策としての変額保険に関する融資の場合は、融資申込みの動機、目的が相続税対策であること、資産の内容、相続税の概算、返済原資とその返済、資金繰りの見込み等が詳細に記載されるのが通常である。

以上によれば、稟議書は、法二二〇条四号ハの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」にあたらないというべきである。

(二) 法二二〇条四号は、文書提出義務を一般化したものであり、その趣旨は、広く証拠に基づき適正な事実認定を実現する点にある。

本件稟議書は、右一2で述べた点について明らかにするための資料として重要な意味を持つから、同号により提出義務が認められるべきである。

(三) 仮に、稟議書について、同号ハの文書に当たることを理由に提出義務を否定する場合があるとしても、それは、証言拒絶権に類する実質的な保護法益がある場合に限られるというべきである。

そして、本件においては、右のような事情はない。

右1で述べたとおり、本件訴訟において、本件稟議書の添付書類の一部が既に提出され、証言でも引用されていることは、稟議書が組織内の公式文書であり、同号ハの文書でないことの証左である。

第三相手方の主張

一  証拠の必要性について

本件訴訟の内容・経緯等に照らすと、本件稟議書を証拠として採用する必要はないから、本件申立ては却下されるべきである。

二  法二二〇条一号該当性について

1  Bは、本件訴訟においては単なる証人である。そして、証人が証人尋問の中で言及した文書がすべて引用文書となるわけではない。

また、Bの丙一についての証言が、本件稟議書を引用したとまで評価できるかも疑問である。

したがって、相手方は、Bの証人尋問において、本件稟議書を引用していない。

2  相手方は、丙一を、「被告明治生命作成の設計図書のファクシミリによる送信記録」として提出しているものであって、本件稟議書の一部として援用していない。

したがって、相手方が丙一を提出したことを、本件稟議書の一部を書証として提出したものと捉えることはできない。

3  一般に、文書の一部を書証として提出した場合に、残部が引用文書に該当するのは、一部と残部が一体不可分であるとか、一緒でなければ意味内容が不明であるとか、ことさら裁判所の判断を誤らせるような抜粋がされた場合に限られる。

しかるに、丙一は、それのみで独立した文書であり、相手方が本件訴訟において本件変額保険締結以前に設計書が存在していたこと及びそれが被告明治生命から相手方に送信されていたことを立証するために提出したものである。

したがって、丙一をそれのみでその意味内容を理解するのに支障はない。

そうすると、申立人の、丙一が本件稟議書の一部であるからその残部も引用文書として提出義務が及ぶとする主張は理由がない。

4  以上によれば、相手方が本件訴訟において丙一を書証として提出したことや、Bが証人尋問において丙一が本件稟議書の添付資料である旨証言したことをもって、本件稟議書の残部が引用文書として文書提出義務を課せられることはない。

三  法二二〇条三号後段該当性について

1  法律関係文書とは、挙証者と所持者の間の法律関係それ自体を記載した文書のみならず、その法律関係に関連のある事項を記載した文書を意味し、より具体的には、第一に、少なくともその文書に挙証者と所持者の間の法律関係に関連のある事項が記載されていること、第二に、挙証者と所持者の間の法律関係の構成要件事実の全部又は一部の存否を直接又は間接に明らかにする目的で作成された文書であると評価できることが必要であり、所持者(作成者)が、専ら自己使用の目的で作成した文書は、法律関係文書には該当しないというべきである。

2  右の基準により本件稟議書について検討する。

(一) 稟議書は、銀行内部における意思決定過程を記載したものにすぎないものであって、挙証者(申立人ら)と所持者(相手方)の間の法律関係それ自体を記載した文書とはいえない。

(二) 稟議書は、取引先に対し、融資についての説明を行うために作成されるわけではなく、当該取引先に対してさえ公表、開示することを全く予定していない専ら自己使用の目的で作成される文書であるから、挙証者と所持者との法律関係に関連ある事項を記載したものともいえない。

稟議書には銀行の貸出決定に至る意思形成過程が記載されるとともに、貸出審査に関する内部的判断基準や審査手法のノウハウが具体的な案件に当て嵌めた形で記載される。したがって、これが外部に公表されると、将来の貸出審査に多大の支障が発生する。また、当該借主以外の第三者に対する評価が記載されることもあり、これが公開されるとその第三者に多大の迷惑がかかり、銀行の業務にも支障が生ずる。

また、稟議書が文書提出命令の対象になるとすると、稟議の過程でなされた意見交換が公開されることとなるから、稟議書を通じた自由な意見交換がされなくなり、ひいては当該法人の社会経済活動全体に萎縮的効果をもたらすものである。

組織体において複数の人間が関与、検討、判断する場合には、口頭のみによる報告・検討では記録性や閲覧性に乏しく、どうしても書面(稟議書)という物理的に確認できる手段によらざるを得ない。すなわち、書面化は、組織体における意思形成という内心の自由に不可避な行動である。しかるに、稟議書が常に将来公開され得ることを念頭に置いて作成されなければならないならば、右のような萎縮的な効果が働き、組織体の内心の自由を侵害することにほかならない。

三  法二二〇条四号該当性について

本件稟議書は、法二二〇条四号ハの文書に該当するから、相手方は本件稟議書の提出義務を負わない。

主張は、右二2(二)の主張と同様である。

なお、申立人は、本件稟議書の添付書類の一部が書証(丙一)として提出されていることを理由に、本件稟議書全体が同号ハの文書に当たらない旨主張するが、そもそも文書の秘密保持の利益を有する者がこれをどの範囲で放棄するかはその者の自由であり、かつ、本件のような全く可分の独立した他の作成者の作成した文書を開示したからといって、残部についての秘密保持の利益を当然に放棄したとみなされるものではないから、申立人の右主張は理由がない。

第四当裁判所の判断

一  証拠の必要性について

本件は、いわゆる変額保険訴訟であって、申立人らは、相手方に対し、本件各融資は、相続税対策を目的として、本件変額保険と一体のものとして締結されたものであるとして、主位的に本件各融資の動機の錯誤による無効、公序良俗違反による無効を主張して本件各融資に基づく債務の不存在確認等を求め、予備的に説明義務違反の不法行為に基づく損害賠償を求めているものである。

そして、一件記録によれば、裁判所が申立人の右各主張の当否について判断するために、本件稟議書を証拠として採用する必要がないとまではいえない。

この点についての相手方の主張は理由がない。

二  法二二〇条四号該当性について

申立人らは、本件稟議書が、法二二〇条一号、同条三号後段及び同条四号に該当する旨主張しているところ、まず同条四号該当性について判断する。

1  同条四号が文書提出義務を一般化したのは、法が、証人尋問(法一九〇条)、当事者尋問(法二〇七条一項)、鑑定(二一二条一項)についての各規定等と相俟って、裁判所が民事事件の審理判断をするに当たり、争いのある事実について広く証拠調べを行い、もって証拠に基づく適正な認定を実現しようとしたところにあるものと解される。

2  右の趣旨に照らすと、法二二〇条四号ハの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」とは、専ら内部の者に利用に供する目的で作成され、およそ外部の者に開示することを予定していない文書を指すものと解するのが相当である。

3  そこで、これを本件についてみると、一件記録によれば、銀行において貸出に関し作成される稟議書について次のとおり認められる。

① 稟議書は、法令により作成が義務づけられているものではないものの、銀行業務の公共性、重要性の反映として、銀行の貸出業務の適正を担保するため実務上必ず作成されるものであること。

② 稟議書には、貸出科目、金額、実行日、適用金利、資金使途、返済期限、返済条件、返済財源、担保・保証の明細等、貸出に関する重要な情報が網羅的に記載されていること。

③ 稟議書は、当該貸出に関しその貸出の相手方との間で紛争が生じたような場合に、銀行においてその貸出の正当性・合理性を主張する最重要の基礎資料であること。そのため、訴訟においても、銀行自身が、稟議書等の内容を立証し、あるいはそれ自体を証拠提出する場合のあること(相手方は、本件訴訟において、本件稟議書の添付資料でもある本件変額保険の設計書(被告明治生命からファクシミリ送信を受けたもの)を証拠(丙一)として提出していることが認められる。)。

④ 内閣総理大臣は、銀行の業務・財産の状況に関し検査を行うこととされているところ(銀行法二五条)、稟議書は、右検査の対象となること。

(二) 右の事実によれば、銀行において貸出に関し作成された稟議書は、当該貸出に関する意思決定の合理性を担保するために作成された銀行内の基本的な公式文書であり、現に貸出がなされた場合には、様々な公的な局面で、銀行が貸出の合理性、正当性を外部に対し主張する場合、あるいは外部の者がこれらを確認する場合に、基本的かつ最重要の資料となるものということができる。したがって、これは、作成者が第三者に開示されることを予定しないで個人的に記載した日記帳や備忘録の類とは性質が異なるものというべきである。

4  そうすると、本件各融資に際し作成された本件稟議書は、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、およそ外部の者に開示することを予定していない文書であるということはできないというべきである。

したがって、本件稟議書は、法二二〇条四号ハの文書に当たらないというべきである。

5  相手方は、稟議書の内容が外部に公表されると、相手方の銀行業務に支障が生じることなどを理由に、稟議書の提出義務は認められない旨主張する。

しかしながら、本件においては、相手方から申立人X1に対し、現に本件各融資がなされているのであるから、その融資にかかる本件稟議書の内容を申立人X1に開示したとしても、これにより相手方の業務に何らかの支障が生じるものとは考えにくい。

また、当該文書に企業秘密その他の秘密や第三者のプライバシーに関わる事項が含まれる場合には、当該文書の所持者は当該文書の提出義務を負わないと解する余地もある。しかし、本件においては、一件記録中、本件稟議書に企業秘密や第三者のプライバシーに関する事実の記載があることを窺わせるものはない。

したがって、相手方の右主張は理由がないというべきである。

6  以上によれば、本件稟議書は、法二二〇条四号に該当する文書として提出命令の対象になるものと判断するのが相当である。

三  結論

以上によれば、本件申立ては理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 田中寿生 松井修)

〈以下省略〉

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